ある町医者の診療日記

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zoom RSS 学徒出陣などさせるようになったらその国は終わり

<<   作成日時 : 2009/03/19 12:41   >>

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学徒出陣などというのを国がやり始めた時点で、その戦争は負け戦、いや単なる負け戦どころか正視に耐えられないほどの散々なぼろ負け状態というのが明かでしょう。
そして、それ以上に国の将来に禍根も残すことになる。将来を担う若者を無駄死にさせるわけですから。
それをまた今、この日本の指導者どもがやろうとしている。

医師のキャリアパスを考える医学生の会
http://students.umin.jp/index.html
ここが、「臨床研修制度改訂における計画配置」に反対署名を始めたそうです。

それを、CBニュースが「研修医“学徒出陣”に反対署名」と報じた。
http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=21052
-----(ここから引用)-----
 医師養成の在り方を大学の枠を越えて考えようと集まった全国の医学生でつくる「医師のキャリアパスを考える医学生の会」(代表=川井未知子・東京女子医科大学医学部4年)は、2010年度から見直される新人医師の研修制度について、「教育体制の整わない病院にも未熟な医師を強制的に配置し、国民が将来享受する医療の質の低下を招くもの」などと反対した上で、「都道府県別募集定員の上限設定」と「病院別募集定員の設定」の撤回を求める署名活動を開始した。(新井裕充)
-----(引用、終わり)-----

新臨床研修制度ってのが、今の医療崩壊の一因であるのは間違いない。
各地の公立病院における医師不足の一因、それも大きな一因なのは明かです。
それで、研修医が自由に研修先を選べるという制度を止めて、制限を科そうとしている。都会に集中しがちなのを地方に回そうってことのようです。
私は、こんな小手先の方法で医師不足が解決するとは思えない。

じゃ、どうしたらよいか?

私は分かりません。
以前の制度に戻すべきかというとそうもいかない。一旦、破壊されてしまったものは、もう元には戻らない。壊れた壺は接着剤でひっつけても元の価値には到底及ばない。
そして、こういう「学徒出陣」などという修正は、今の制度をよけい悪くするだけの結果に終わる可能性がある。

MRICのメルマガで上昌広先生が今の臨床研修制度について書かれていますので紹介します。長い引用になります。
医療費亡国論という亡国論が、未だ亡霊のようにさまよい歩き害悪を振りまいているという主張です。
-----(ここから引用)-----
Medical Research Information Center (MRIC) メルマガ 

      ■□ 臨床研修制度をめぐる医系技官の思惑 □■

       東京大学医科学研究所
       先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
       上 昌広

 先日、医師臨床研修制度の見直しが大きく報道されました。5年前、「臓器を見て人を見ない医師ばかりになり日本の医療が荒廃している。すべての医師にプライマリケア(初期の幅広い診療)を」という理念を掲げ、鳴り物入りで登場した制度でしたが、あっけなく方針転換されました。

 そこで今回は臨床研修制度見直しの背景を紹介し、わが国の医療行政が抱える問題点を議論したいと思います。

【 制度導入前から見えていた破綻 】

 繰り返し報道されているとおり、2004年に導入された臨床研修制度は、地方の医師不足を加速させる結果を招きました。しかもそれは、制度導入前から多くの関係者が予言していたことでもありました。当然、現場からは、「制度をなくせ。そうすれば2学年分、1.5万人の医師が増える」という悲鳴があがりました。

 事態が急展開したのは、昨年9月。自民党の支持率低迷に悩み、その一因でもある医師不足問題に業を煮やした森喜朗元総理は、臨床研修期間「2年を1年に」短縮するために「医師臨床研修制度を考える会」を設立し、宮路和明議員に託しました。こうして高邁な理想をうたった制度は、僅か5年で見直される運命となったのです。

【 今回の見直しの要点 】

 今回の臨床研修制度見直しの要点は、研修内容の変更と研修医の計画配置です。

 現行制度では、内科・外科・救急・小児科・産婦人科・精神科・地域医療の7診療科が必修で、このうち内科は6ヶ月以上研修することが推奨されています。新制度では必修科目は内科(6ヶ月以上)、救急(3ヶ月以上)、地域医療(1ヶ月以上)に削減され、残りの診療科からは2科目を選択することになります。この結果、必修科目の研修は最初の1年間で終了することが可能で、後半1年間は自由選択になります。多くの医師は自分の専門科を選考するでしょうから、宮路議連の要請に応えたことになります。

 一方、計画配置については、これまでは病院ごとにマッチング枠を設定し、地域による制限はありませんでした。しかしながら新制度では、都道府県毎に研修医の定員枠が設けられます。これは研修医が都会に集中したため、地方の医師が不足しているという世論に応えたものです。

 さらに、研修医の応募が定員に満たなかった場合、その枠は削減されることになりました。また、病院毎の定員の合計が都道府県毎の定員数に満たなかった場合は、その不足分は地域の大学病院に割り振られます。大学が地域の医師派遣機能を担っていると考えられているからです。

【 臨床研修制度の理念と本音 】

 現行の臨床研修制度は2004年4月にスタートしました。プライマリケアを中心とした幅広い診療能力の習得を目的として、2年間の臨床研修を義務化するとともに、医師法を改正し、適正な給与の支給と研修中のアルバイトの禁止を盛り込みました。すなわち、わが国では、医学部を卒業して国家試験にも合格した全ての医師に、さらに2年の研修が義務づけられたのです。

 この制度は、医師の研修を充実させるという意味で、一見よく見えます。しかしながら、世界的には極めて特異です。政府が医師教育の内容を法律で一律に規定してしまっているからです。

 日進月歩の医学にキャッチアップするためには、医師は生涯にわたり勉強を続けなければなりません。勉強すべき内容は医師が置かれた状況によって変わり、多様です。そのため医師の教育システムにも柔軟性が求められます。これは皆さんが所属される会社組織でも同様でしょう。

 一方、医師と権力の関係は微妙で、国家権力が医師教育を統制する危険性は、歴史が教えてくれています。例えば、第二次世界大戦中の731部隊による人体実験、戦後のハンセン病の隔離政策なども、良心的な医師の反対を押し切って、国家が進めたものです。また社会制度上、官僚は政治家や世論に影響され、政治や世論はときに暴走するため、社会は医師集団に対し、その自律と引き替えに世俗権力から一定の距離をとることを認めてきました。これは、試行錯誤の末、近代社会が獲得した知恵なのでしょう。メディアの方々は、今回の臨床研修制度の医
師を新聞記者に置き換えていただくと、この制度がいかに本質的に異常なものかお分かりいただけるでしょう。

 ですから、医師教育への国家権力の介入には、私たちは神経質でなければなりません。医学教育をコントロールすることこそ、医師をコントロールする一番良い方法だからです。厚労省による臨床研修制度導入は、その典型です。私はこの制度に託されたプライマリケア推進の方向付け、逆に言えば専門医療の軽視の背景には、その高邁な理念とは裏腹に医療費抑制政策の陰が見えます。患者の生死に直結するような高度医療を抑制すれば、医療費は減少するからです。

【 臨床研修制度導入当時の社会背景 】

 では、臨床研修制度は、どのような背景で発足したのでしょうか。

 この制度が発足したのは2004年ですが、これは、2000年前後にマスメディアが横浜市大や都立広尾病院で起こった医療事故を大きく取り上げ、医療界の隠蔽体質を糾弾したことと大いに関係があります。

 一連の事件報道によって医療界の抱える問題点が世間にさらけ出されたことは、医療界にとって大きな試練となった一方、それを契機に情報公開が飛躍的に進み、その体質は大きく変わりました。

 ちなみに、このような変化は医療界に限ったことではありません。振り返れば、当時の日本は価値観の大きな転換点にさしかかっていました。1980年代前半から地方公共団体では情報公開条例の制定が進み(1982年山形県金山町、1983年神奈川県、埼玉県)、1990年代には説明責任(アカウンタビリティー)や透明性という概念が普及しました。それまでは、組織内で生じた問題は内々で解決する人間が高く評価されていたのに、この時期に続発した不祥事を契機に、情報開示が強く求められるようになりました。皆さんも、1998年の大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件や2000年の三菱リコール隠しなど、思い出されるでしょう。一部のケースでは、企業の方針に忠実に働いていた人たちが遡って糾弾されました。この時期、各業界が多くの返り血を浴びながら、自己改革を進めていきました。

 あまり議論されていませんが、この頃を境に、医療界への官僚統制は格段に強化されました。その一つが臨床研修制度の導入という見方も可能です。

 医療に限らず、業界の不祥事が露見した場合、世論は政府による規制を求めます。世論に後押しされた政府は業界への規制を強化し、社会の要望に応えようとします。冒頭にご紹介した「臓器を見て人を見ない医師ばかりになって日本の医療が荒廃している」という主張も、医師が社会からの信頼感を失っていたため、当時の日本人に疑問なく受け入れられました。そして、国家が医師という専門職の教育課程を規制することに対し、大きな反対も起こりませんでした。

【 臨床研修制度により焼け太る役人 】

 2004年に発足した臨床研修制度では、医学生と病院とが全国一斉に“集団お見合い”するような「マッチング」という仕組みで研修病院を決定することになりました。当然、相当量の事務作業が発生しますので、それを処理するスタッフが必要になります。

 その仕事を担当した先こそ、厚労省の外郭団体である「財団法人 医療研修推進財団」です。臨床研修制度の創設が、厚労省とその外郭団体に、新たな仕事と多額の補助金を与えることになりました。さらに当然のごとく、この財団には複数の“渡り”の官僚(医系技官)が理事として天下ることになりました。財団では、研修システムの開発とその実施、支援等を行っているとしていますが、医師
の臨床教育のメニューを決めるのに臨床経験が乏しい役人を入れる必要は、もとよりありません。また、多額の補助金は、それを獲得するために、厚労省や与党との特別な関係を生み出しやすくなります。本来、このようなお金は、診療報酬として病院に直接支払われ、病院長がその裁量で適切な使途を決めるべきものです。

 そして今回の臨床研修制度の見直しでは、全国すべての病院の研修医配置数を厚労省が決めることになると同時に、2年間の臨床研修期間が維持されました。前者は医師数の計画配置権限を役人が獲得したことを意味し、後者は研修期間が実質的に1年間に短縮されてもなお2年分の予算とポジションを維持できたことを意味します。


【 医師不足を研修医の強制派遣で補う愚 】

 今回の臨床研修制度見直しについて穿った見方をすれば、厚労省の官僚(医系技官)たちは、医師教育と医師不足問題を意図的に混乱させ、自らの権限の焼け太りをはかったと考えることも可能です。

 私の知る限り、大学を卒業した医師に全科目のローテーションを義務化している国は日本以外にありません。何より、わが国では、すべての診療科を回るスーパーローテートは、大学医学部での実習で既に行われています。全身を診ることが出来る医師を養成するなら、まず大学教育を充実すべきです。卒業までにその技量が身についていれば、卒業後速やかに戦力となり、医師不足のわが国にとって理想的です。

 しかしながら今回、研修制度見直し委員会が文科省と厚労省の合同で開催されたにもかかわらず、このような意見は検討されませんでした。何故、もっともシンプルな解決法が議論されなかったのか、私にはわかりません。

 今回の制度見直しのもう一つの問題は、臨床研修と医師不足問題を一緒くたに議論していることです。一人前になっていないから研修が必要なのであって、そのような医師を医師不足地域に派遣するなどというのは、派遣先の地域住民に失礼な話です。また、研修医の教育を疎かにすることは、長期的に国民につけが回ってきます。

 地方の医師不足については、研修を終えた医師のインセンティブの確保、開業医と勤務医の協同(ドクターフィー制度、ホスピタルフィー制度の運用)、コメディカルの活用で解決すべき話です。

【 権力にすり寄る学者たち 】

 このように、今回の研修制度見直しは、多くの問題点を含んでいます。ところが、見直しの議論においてなお、現行の制度を強く擁護する人たちもいました。

 その代表が篠崎英夫氏です。篠崎氏は、制度創設時の医政局長で、現在は国立保健医療科学院院長に天下りしている医系技官です。今も現役の審議会委員を務めるなど、厚労省への強い影響力を持ちます。これでは行事が相撲をとっているようなものです。

 また、今回の臨床研修見直しのための検討会には、5年前に制度創設に協力した委員が多数選ばれました。今回の委員会の主旨を考えれば、彼らは参考人として招聘すべきであり、委員会の公正な運営に疑問が生じます。委員会の人選の実権を握っているのは、厚労省の医系技官です。

 2月18日に開催された臨床研修検討会では、舛添厚労大臣も危ういものを感じたのでしょう。「最大の問題は国が枠を決める、統制すること。できるだけ統制したくない」「憲法上の職業選択の自由に反するが、公共の福祉のためにどこまで許されるのか」「学生の意見もあるだろう」と、懸念を示しました。しかし舛添大臣の懸念は、とりまとめには全く反映されませんでした。

 このようなやりとりから脳裏に浮かぶのは、昨年10月に読売新聞社が社を挙げて打ち上げた「医師を全国に計画配置」という提言です。読売新聞にこのアイデアを吹き込んだのは誰でしょうか。新聞発表のわずか2日後、「計画配置をする考えはある。よい規制だ」と発言したのは医系技官の佐藤敏信・保険局医療課長でした。興味深いやりとりです。


【 全人的医療とは? 】

 最後に、臨床研修制度が目指す「全人的医療」とは、そもそも何をいうのでしょう。また、日本の医師は本当に「全人的医療」ができなかったのでしょうか?

 おそらく「全人的医療」に込める意味は人によって異なり、時代や地域に影響されるでしょう。このように定義が不明瞭な言葉を用いて臨床研修の目的を表現することに、私は危険を感じます。

 一般論として、米国のように訴訟を前提として診療し、自分の専門領域以外には手を出さない医師たちに比べて、日本の医師たちは、地域性や患者個別のニーズに柔軟に応え、自分の専門領域を持ちながらも幅広く診療しています。

 例えば、厚労省の調査によると、わが国の診療従事医師数は263,540人ですが、従事している診療科(複数回答)は計432,779に上ります。日本の医師たちは平均一人二役をこなし、実際の人数の2倍近い医療を幅広く提供しているわけです。

 また、230人の血液内科医の学会調査では、133人(58%)が腹部エコー、96人(42%)が上部消化管内視鏡、26人(11%)が気管支内視鏡ができると答え、総合診療を担っていることを示しています。これは訴訟大国の米国では考えられないことです。このような事実を考慮すれば、専門医とプライマリケア医師の分離が厳格な米国と比較して、日本はその中間状態にあると言うことができます。

 もし、このようなわが国の医療の現実を十分に説明することなく、「すべての医師にプライマリケアを」という理念を掲げれば、どのような事態を招くでしょうか。おそらく、多くの国民は、一人の医師が多様な患者のニーズすべてに対応できるし、そうすべきだと感じるでしょう。しかしながら、これは不可能であり、このような前提で医療制度を構築している国はありません。世界のどこにも存在しない医療制度を理想とし、国民に提示すれば、期待と現実のギャップはますます開きます。そして、医療不信・医療訴訟など、トラブルの温床となっていきます。

 このように考えてみても、全医師に一律にプライマリケアの習得を強いる現行の臨床研修制度は、その必要性にも論理的整合性にも、最初から疑問があったと言わざるを得ません。制度導入時といい、今回の見直しといい、そこには役人(医系技官)の思惑と辻褄合わせが見え隠れしています。医療現場、とくに当事者である研修医、医学生は、彼らに翻弄され、疲弊するばかり。国民も医師不足にさらされています。

 実現不可能な理想を掲げることに何の未来もありません。国民の信頼をますます裏切ることは自明です。むしろ必要なことは、医療のあるがままの姿を社会に提示し、限界も含めともに考えていくことができるよう、情報を公開・共有していくことでしょう。
-----(引用、終わり)-----

これともう一つ、これも。
技の伝承に必要な信頼関係があぶない!」と指摘している部分、私は特にその通りと思います。
-----(ここから引用)-----
Medical Research Information Center (MRIC) メルマガ 

    ■□ 諸悪の根源は「医療費亡国論」 □■
       ――迷信が臨床研修制度を生み出した

    東京大学医科学研究所
    先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
    上 昌広

 前回の配信で、臨床研修制度の見直しについて、厚労省(特に医系技官)の思惑を解説しました。今回は、世界では医師が自律的に行っている臨床研修制度の運用を、厚労省が政府主導で行うに至った背景を解説したいと思います。結論から申し上げれば、これまでの配信で繰り返しご紹介してきた「医療費亡国論」の影響と考えられるのです。

【 医療費を抑制しつづけた歴史 】

 厚労省の発表資料によると、国民医療費は昭和30年から昭和53年まで、前年比10%から20%台で増減しており、昭和49年には最大の36.2%増を記録しています。いっぽう国民所得は、昭和53年まで前年比10%台の増加を維持しており、つまり医療費の伸びを高度経済成長が支えてきたことがわかります。

 しかし昭和54年、初めて国民所得が前年比6.1%と伸び悩みます。昭和55年には11.5%に持ち直したものの、昭和56年、57年には、4.2%、3.8%となりました。医療費の伸びを経済成長が支えられないことを危惧した厚生官僚は、この頃から医療費削減政策を始めたのです。厚生官僚の考えを象徴するのが、保険局長や事務次官を務めた吉村仁氏が昭和58年に発表した「医療費亡国論」です。

 そして昭和60年、第1次医療法改正と総合診療方式が導入されました。医療法改正とは、医療費を抑制するために、都道府県別に病床数を規制するものです。世界で最も速く高齢化が進んでいるにも関わらず、平成19年には第5次医療法改正を行うなど、厚労省は現在も一貫して病床規制と医療費抑制の政策を貫いています。

【 医療費削減と二人三脚の総合医導入 】

 現在の医師不足問題および臨床研修制度の問題を考えるとき、特に重要な出来事は、昭和60年、医療費削減政策と同時に総合診療方式が導入されたことです。総合診療方式とは、厚労省の発表資料には次のように記載されています。

「総合診療方式(いわゆるスーパーローテート方式) 内科系及び外科系の各々1診療科、小児科、救急診療部門を2年間の研修期間中に研修すること(1診療科の研修期間は、それぞれ原則として2か月以上)」

 どこかで同じようなものを見たことがあると思いませんか? そうです、平成16年に導入された新医師臨床研修制度です。そこで同じスーパーローテート方式が“医師全員に義務化”されたのでした。こうして、実は全員、卒前にスーパーローテートを終えているにも関わらず、卒後にも繰り返さなければならなくなりました。

 すなわち「総合医」の育成は、昭和60年から約25年にわたって厚生官僚が守り続けてきた、医療費削減政策の重要な命題のひとつというわけです。その理由は、「“ひとりで何でも診ることができる総合医”を増やせば、一人の患者が複数の専門医にかかるよりも安く済む」と考えていることにあります。

 ところが現実には、一人の医師が多様な患者のニーズすべてに対応することは不可能です。不可能な政策を国民に提示すれば、国民の期待と現実のギャップはますます開き、医療不信・医療訴訟などトラブルの温床となることは、前回お話ししました。

 新医師臨床研修制度の導入も、医療費削減のための第4次医療法改正と同時に進められてきました。平成11年、横浜市立大病院での患者取り違え事件や、都立広尾病院での誤投薬の事件などが注目を浴びたことがきっかけで、5大新聞の医療事故報道は平成10年の302件から、平成11年1071件、平成12年には2404件と、うなぎ上りに増加しました。これを契機に、平成11年には、第4次医療法改正のための報告書と、臨床研修必修化(スーパーローテート方式義務化)のための報告書という下準備を完了し、翌平成12年12月、厚労官僚は「医療法等の一部を改正する法律」として両者を同時に国会成立させました。これが平成16年に施行されたのが、新医師臨床研修制度です。

【 総合診療方式の義務化――“本当の”効果 】

 全医師に総合診療方式を義務化したことは、一部の医師を「総合医」に育成するだけにとどまらない、大きな医療費削減効果を持ちます。専門医療を軽視する風潮を作り、患者の生死に直結するような高度医療の件数を減らせば、医療費は減少するからです。

 厚生官僚が指定する(大学病院以外の)臨床研修病院は、昭和43年から平成16年の旧臨床研修制度では「一般病床約300床以上の病院」とされていたため、平成13年には461施設でした。これに対し平成16年以降の新臨床研修制度では、総合診療の名の下に約300床以上というルールを撤廃。平成20年には2393施設にまで増加しました。その結果、大規模な大学病院で研修する医師は、一学年のうち73%(約6000人)から45%(約3500人)に減少し、その反面、500床未満の小規模病院で研修する医師が870人から1807人に増加しました。

 かつて研修医は、専門医療を行う大学病院で高度医療も学び、さらに地域の中小規模の病院も回ることによって幅広い医療を学んでいました。ところが新制度では、大学病院から多くの研修医を引きはがすことによって、研修医が高度医療に触れる機会がなくなったのです。

 そもそも、研修医が患者の生死に直結する医療を学ぶには、大勢の医師がいるチーム医療の一員として診療する必要があります。

 厚労省資料によると、少なくとも平成18年までは、大学病院には平均約390人(最低236人、最大1060人)の医師がいました。一方、新制度導入後に新たに研修病院とされた小規模病院には、平均で、100〜149床規模の病院で8.8人、200〜299床規模で17人、400〜499床規模で51人の医師しかいません。

 そして実際、患者の生死に直結するハイリスク医療、特に外科系を選択する医師は減りました。各診療科の学会への新規入会者数は、新制度によって一人前になるのが2年遅れたため、平成16、17年は減少すると予想されていました。ところが、平成18年になっても入会者数が元に戻らないのです。厚労省によれば、平成15年から18年の4年間の入会者数は、日本外科学会では1204人、499人、707人、818人、日本産婦人科学会では415人、138人、184人、358人、日本耳鼻咽喉科学会では256人、52人、71人、179人となっています。こうしてみると、患者の生死を左右する医療の担い手が激減していることがわかります。

 脳卒中、心筋梗塞、交通事故など緊急を要する手術は死に直結しますが、外科系領域では手術・技術の伝承ができないという危機感が強く、「日本で手術を受けられなくなる日も近い」と囁かれています。

【 技の伝承に必要な信頼関係があぶない! 】

 大規模病院で研修を受けないことは、高度医療の教育を受ける機会を失うだけでは済まない、甚大な影響があります。

 医師としての資質を備えるには、知識の吸収や論理的な思考プロセスを身につけることも必要ですが、同時に、技術や経験も必要不可欠です。前者は科学者の側面ですが、後者においては、宮大工や漆職人と同じような側面を持ちます。そのため医師教育においても、日本人が得意としてきた工房や徒弟制度のような仕組みを、医療界は発達させてきました。そうして若いうちから「同じ釜の飯を食った」師匠や仲間たちとの信頼関係が築かれてきたのです。その信頼関係あってこそ、各地域の病院を転々と循環しながらも、生涯にわたって互いに戒め合い、支え合い、医師としてのモラルも維持することができました。

 こうして、専門家同士が高め合いチェックし合うPeer Reviewが機能するためには、かなりの人数がある時期、集中的に「同じ釜の飯を食う」環境にいて、強い信頼関係で結ばれなければなりません。

 仮に、ひとつの病院に診療科が20あるとすれば、ひとつの診療科には平均して、大学病院なら20人、100〜149床規模の病院なら0.44人、200〜299床規模なら0.85人、400〜499床規模なら2.5人程度の医師がいます。ひとつの診療科の医師数が少ないと、「同じ釜の飯を食った」信頼関係を持てる人数があまりに少なくなってしまいます。師匠や仲間をたくさん持ち、生涯高め合いチェックし合うためには、かつての大学病院の基盤が極めて有効だったことがわかります。

 さらに、何世代にもわたる医師が一箇所にいることで、次の世代へと知識・技術の伝承をすることが可能でした。このように、トップが中堅医師を教え、中堅医師が3年目医師を教え、3年目医師が1年目医師を教え、1年目医師が医学生を教えるというような層の厚い診療・教育体制を、「屋根瓦方式」と呼んでいます。生死に直結するような高度医療を必要とする患者にとっても、屋根瓦方式は大きなメリットがあります。万一のことが起きた場合には、すぐに大勢の医師が駆けつけることができるからです。

 あまり徒弟制度を好みそうにない米国でさえ、研修病院のひとつの診療科には、上級医以外に、卒後1年目から3年目の医師だけでも約100人いて、互いに議論し切磋琢磨できる環境を築いています。

 ただし米国では、全米の研修医の勤務先をお見合いのように決める「マッチング」という方法をとっており、その後も短期間で就職活動を繰り返すため、研修医同士は競争相手となり激しい足の引っ張り合いが生まれます。周囲の医師を助けていては自分が勝ち残れませんから、生涯にわたって教え合い、戒め合うという信頼関係は生まれません。「師匠」や「仲間」という意識も希薄です。医師同士の信頼関係がなく、周囲の医師から信頼される必要のない環境に置かれた医師たちは、高め合いチェックし合うこともなく、医師としてのモラルを維持することも極めて難しくなっています。

 そして日本でも、長年のあいだ医療界を支えてきた伝統的な医師教育の仕組みが、新制度導入によって壊滅状態となりました。研修医を大学病院から引きはがして小規模病院へ配置したこと、米国のようなマッチングを取り入れ短期間で就職活動を繰り返させたこと、スーパーローテート方式を全員に義務化して1か月ずつ異なる診療科を回らせたことなど、医師として生きるために必要な人間関係を断ち切ったことにより、生涯の拠り所となる師匠や仲間を持つことができなくなり、屋根瓦方式も不可能となったのです。「過剰な国家介入」によって、医師
が生涯にわたって育て、高め合い、チェックし合うことができなくなった点に、目の前の医師不足・医療崩壊だけでは済まない、根源的な問題があります。


【 厚労省の突然の方針転換 】

 新制度導入以来、厚労官僚は、「大学病院の研修医数が減ったのは、大学病院が魅力ある研修プログラムを作る努力が足りないからだ」と批判し続けてきました(指定する臨床研修病院数を増やし、大学病院から研修医を引きはがしたのは、誰だったで しょうか?)。

 この理屈を特に強く擁護した2人がいます。新制度設立当時の医政局長を務め、退官後は厚労省管轄の国立保健医療科学院院長に天下りしている篠崎英夫氏と、聖路加国際病院院長で、制度設立当時から審議会で厚労官僚に協力してきた福井次矢氏です。この2人は厚労省から研究費を受け、「小規模病院のほうが研修医の満足度は高い」というデータを発表しました。また、厚労官僚はこれを根拠に、大学病院の努力が足りないと主張し続けています。

 ところが、昨年9月、森喜朗元総理が、「新臨床研修制度が、大学の医師派遣機能を低下させ、医師不足問題を加速させた」として「自由民主党 医師臨床研修制度を考える会」を立ち上げるや否や、厚労省は大学病院の研修医数を若干増やす方針に転換しました。大学病院対象のモデル事業は昨年のうちに決定し、今回の制度変更においても、大学病院へ優遇策を取っています。

【 計画配置は学徒出陣か 】

 さらに、2月26日の審議会で厚労省が示した方針は、全国すべての病院の研修医定員を厚労省が決めるというものだったため、早くも翌27日には「医師のキャリアパスを考える医学生の会」が抗議声明を出しました。共同通信によると、「教育体制の整わない病院にも未熟な医師を強制的に配置し、医療の質の低下を招く」「(偏在は)学生が公開の情報で病院を選択し、教育に力を入れている病院に希望が集まった結果。(上限設定は)研修医からよい教育を受ける機会を奪う」と批判。都道府県と病院ごとに募集定員の上限を設ける方針の撤回を求め、近く与野党の国会議員や医療関係者に送るそうです。教育の概念が欠落しているだけでなく、医師不足を補うために強制配置するという厚労省の横暴なやり方に、学生が抗議したのは初めてのことです。

 しかし厚労省は、現在11563人の定員を9911人まで減らして計画配置を強化する方針を変えていません。

 3月2日の審議会では、委員の一人、山形大学医学部付属病院長の山下英俊氏が、「これはあくまで教育のためのシステムであり、医師派遣のシステムではない。各地区にどんな病院があって、どの程度の人数の教育が可能なのか、こうした議論がないまま数字だけを示されても評価できない」とコメントした(「ソネットエムスリー」橋本佳子編集長談)ものの、案の定、厚労官僚にとって都合の悪い意見は無視されたようです。厚労省は、3月にパブリックコメント等の手続きを進め、4月中に制度を変更する予定です。

 厚労省による計画配置は、「徴兵」「学徒出陣」を彷彿とさせます。約25年間、医療費を削減され続けた医療現場は、「“帰りの燃料もないゼロ戦”で戦え」と命じられているかのようです。昭和13年に、厚生省は陸軍の後押しを受けて、戦争遂行のために内務省から分離独立しました。同年、すべての人的・物的資源を国が統制するため、国家総動員法が制定されています。必要な物資や人員は供給しないまま、現場に義務だけを課すやり方は、現在も引き継がれているのでしょうか。

【 過剰な国家統制が医療と教育を破壊する! 】

 医師偏在の穴埋めのために、教育体制の整備されていない病院に研修医を強制派遣すれば、「ますます医師の実力格差が広がります。募集定員枠と実際の人数が同じになれば、病院は努力せずとも研修医と補助金を確保でき、研修医は単に安い労働力と見なされるでしょう。教育が荒廃し、国民が受けられる医療水準は下がります。

 ところが、医師教育への過剰な国家介入は、卒後の臨床研修制度にとどまらず、卒前の大学医学部教育にまで及ぼうとしています。医療費削減のため、卒後研修に導入された「総合医」偏重の方針を卒前の大学教育にも導入する動きがあるのです。文科省は早急に、4月上旬には結論を出すとしています。そうなれば、患者の生死を左右する医療の担い手は、ますます減少するでしょう。

 さらに驚くべきことに、「医学部4年生で行っている全国共用試験を、国家試験とすべきだ」という意見があります。確かに、医師教育を充実させるために、卒前から医学生が病院で診療に関わる実習の充実が必要だ、という点では異論はありません。しかし、そのために国家試験を導入すべきかどうかは、意見の分かれるところです。ひとつは、医学生がチーム医療の一員として診療に関わるというなら、患者に安心してもらうため、「国家」による試験でなければならないという考え方。もう一つは、教育に過剰に国家介入すべきではないとする考え方です。

 医学生の実習は、周囲の医師達とともにチーム医療の中で行われており、安全です。また、もちろん医学生はある程度の知識を身につけています。そのことについて、患者に知る権利がある点には、反対意見はないでしょう。しかし、これまで大学病院の医師が改善に改善を重ね、全国すべての80大学医学部が参加するようになった共用試験が、ある日突然、「国家」試験になったからといって、それで患者は安心できるというのでしょうか。

【 必要なのは、国家統制より徹底した情報公開 】

 患者が安心できるために必要なのは、国家試験よりも、徹底した情報公開ではないでしょうか。平成14年、国公私立全80医科大学・大学医学部と、28歯科大学・大学歯学部が任意に参加した任意団体共用試験実施機構が設立されました(平成17年より社団法人 医療系大学間共用試験実施評価機構)。以来、適切な試験問題やノウハウの蓄積、試験の全国的導入がなされ、各大学の教育改革に大きな成果を上げてきています。そのことを、国民の一体何割が知らされているでしょうか。試験の内容や、成績のばらつきなども、国民に公開できるはずです。

 もし、この機構が行っている共用試験を「国家」試験にしたとしたら、情報公開は現在よりもっと難しくなるでしょう。しかも、医学部6年卒業時の医師国家試験は、現在も厚労省が行っていますが、日進月歩の医療の進歩や、医療現場を取り巻く状況の変化にキャッチアップできていません。医療現場でそのまま役立つ知識ではないため、「せっかく医学生に医療現場の知識・経験・技術などを教育しても、それを中断して国家試験のために勉強時間をとらなければならないのは無駄だ」という批判が、現場から相次いでいます。医学部4年生での共用試験も、「国家」試験にしてしまえば、現場の変化から取り残され、あっという間に形骸化するばかりでなく、教育の障害となる可能性があります。

【 専門家集団の自律と民による「公的」活動 】

 「米国でも医学生が実習を始める前に国家試験をしている」と、まことしやかに言われています。しかし米国では、医学生の試験も、卒業時の試験も、「国家」ではなく、民間団体が行っています。FSMB(the Federation of StateMedical Boards of the United States, Inc.)とNBME(the NationalBoard of Medical Examiners)です。これらの民間団体から試験合格の情報を得て、州政府が免許を発行する仕組みとなっており、官ではなく民による「公的」な活動といえます。このように民間の専門家集団が自律的に資格試験を行い、国民の信頼を得る取り組みは、FSMBの前身の団体が設立された1891年にまで遡ります。

 1891年(明治24年)といえば、日本ではまだ、江戸時代から続く漢方医と蘭方医が混在していた頃です。それが1895年(明治28年)、帝国議会において漢方医学の存続法案が否決され、漢方医には医師免許を与えないこととなりました。時は日清戦争真っ只中、富国強兵のため「国家統制」によって漢方を切り捨て、西洋医学のみとしたのです。

 それから100年以上たった今も、日本国民は「国家統制」を望んでいるのでしょうか?
 前述のとおり、日本でも平成14年から医学部4年生の共用試験が導入されています。医師たちが自律的に開始し、全国すべての大学医学部が参加するようになったこの試験こそ、今後わが国が進むべき道を示唆してはいないでしょうか?「国家統制」ではなく、民による「公的」活動と、その情報公開による住民参加――その先にこそ、医療側と患者側、双方が求める医療があるのではないでしょうか。
-----(引用、終わり)-----

医療崩壊しても、技さえ伝承されていれば早期に復興させることが可能です。
しかし、いったん技が途絶えたら、その再興には、長い気の遠くなるような期間が必要になります。もしかしたら永久に失われてしまうということさえ起こりえる。
世界最高とも言える医療の技を持っている医師が、歳を取り退職していく時期に入ってきています。ところが、それを伝えるべき世代がいないという事態に陥っているんです。

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