ある町医者の診療日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 報道と評論

<<   作成日時 : 2008/11/05 16:09   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

いつも読ませてもらっているブログ、新小児科医のつぶやきの11月5日のエントリー世論形成の正常化になるほどと思ったコメントがありましのたで紹介します。

Seisanというかたのコメント。
-----(ここから引用)-----
私が一番危惧するのは、日本の大手マスコミは「報道」と「評論」をごっちゃにしているのではないか、ということです。
「報道」はあくまで事実を伝えることが義務であるのに、そこには様々なバイアスがかかります。特にテレビ報道はもう「バラエティ番組の一種」と言っていいほどバイアスがかかりまくってます。それとは別に「社説」などの「評論部分」があると思うのですが、新聞報道の大半は「真実」(≠事実)とその評論がミックスされて、感情が混じり込んだ記事になっているように感じます。

たとえば、アメリカなどですとキャスターは事実関係を述べ、それに関する評論は原則しませんよね。で、評論はその筋の専門家を呼ぶ。
日本のニュースキャスターはさも自分は何でも知っているかのように、したり顔で評論を加えて報道しますから、バイアスがかかりまくっています。
挙句に、みの、とか小倉、古館なんて、ただのアナウンサー上がりの芸能人で「ニュース報道の原則」なんてかけらも考えずに自分の評論以下の「感想」を視聴率をバックに日本全国に喚き散らしているわけですから。

こんなマスコミが「世論を形成」しているとうそぶくのはあたりまえでしょうが、それを冷静に生暖かい目で見ている国民も多いと思います。
-----(引用、終わり)-----

事実を広く市民に知らせる、それが「報道」。
もちろん、その「事実」にさえ様々なバイアスがかかってしまうのは、ある程度はしかたない。ですが、そこはできるだけ客観的に、冷静に感情を排した「報道」をするように努めるべきです。
その上で、「専門家」による「評論」を行う。
その「評論」を参考に、「報道」された事実に基づき我々個人が意見を持ち、その総体として「輿論」(理性的討議による市民の合意)を作り上げる。
成熟した民主主義国家ってものはこうであるべきなんでしょう。

それがこの国ではどうか。
「みの、とか小倉、古館なんて、ただのアナウンサー上がりの芸能人で「ニュース報道の原則」なんてかけらも考えずに自分の評論以下の「感想」を視聴率をバックに日本全国に喚き散らしている」。
そういうものに影響される一般大衆の多いこと、要は民度の問題ってことなのか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
内容はかなり同意できるものでした。 自分もニュースなどを見ていてアナウンサーの余分な一言に不快感だけでなく危険性すら感じたことが幾度もあります。(NHKのニュースでさえ)
ただ、確かに民度の問題もあるかもしれませんが、そう言って片づけてしまうと、諦めにつながってしまいそうな気がします。 なぜ日本はこのような状況なのか、何がそれを継続させているのか、解決するには何を変えるべきか、考えていかねばいつまでたっても変わりません。 とりあえずはこういった意見があることも世の中に広めて行くのが最初の一歩といったところですかね。
passing-by
2008/11/15 12:15
日本のマスコミ、それもテレビについては私はもう「諦め」の境地に入ってしまってます。
少なくとも医療関係については、どうしようもない(こう分かるのは私がテレビのしゃべっている連中より知識と経験があるため)。たぶん、他の専門領域でも同じなんでしょう(私はそれを理解する知識と経験がないだけ)。
何がそれを継続させているか、解決するためには何を変えるべきか?
それこそ「民度」かも。
院長
2008/11/17 10:21

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
Firefox 2 無料ダウンロード
報道と評論 ある町医者の診療日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる