ある町医者の診療日記

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zoom RSS 我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します

<<   作成日時 : 2008/02/07 12:40   >>

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今年も2.18企画に今年も参加します。

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2月18日、またこの日が近づいてきました。平成18年2月18日、福島県の県立大野病院産科医師が逮捕された日です。
裁判はまだ続いています。
そこで明らかになってきたのは、警察、検察の医療、医学に関する無知と、それでも押し通す無謀さです。
そして、最大の問題は、その無知と無謀を理解するには、医療、医学について知識と経験が必要なのに、最終的判断を下す裁判官にはそれがないということです。つまり、医療、医学の素人が判決を下すという制度自体がはらむ問題です。そうであれば、トンデモ判決などということが起こっても当然ですし、事実、多数のトンデモ判決があり、我々はそれに対し防衛するしかなく、結果として医療が大きく歪んでしまっている。
この大野病院事件の裁判も、検察側の主張の無知、無謀は、我々から見たら明らかではありますが、裁くのは素人である裁判官です。判決がどうなるかは分からない。

平成20年1月25日、第12回公判が行われ、「周産期医療の崩壊をくい止める会」のホームページにはその詳細がアップされています。
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%C6%F3%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2808%2F1%2F25%29

遺族3人(夫、父親、実弟)の意見陳述が行われ、その内容も書かれています。
私は、唖然とした。
こうも独善的な考えをし、それをさも当然だと主張するのかと。

特にこれ。
-----(ここから引用)-----
加藤先生の手術の内容は、弁護側の先生からは誰でもする、特に問題がなかった、と言われました。何も問題がなければ、なぜ、妻は死んでしまったのか、とても疑問です。

人はそれぞれ異なります。それを、医学的に同一と言われ扱っても良いものでしょうか。病院は、必要な安全のためのものが整っているところです。分娩室に入る前、元気だった妻が、医師の機転や処置のとりかた、手術に間違いがなければ、なぜ妻は死んでしまったのでしょうか
-----(引用、終わり)-----

人は全て医師のミスで死ぬというのでしょうか?
人は、必ずいつかは死にます。その全てが、医師のミスで死んでいると、この遺族は主張しているのでしょうか?

そうではないでしょう。

人は、診断や治療に間違いなくても死ぬのです。
それもほとんど全ての人は、手術に何も問題がなくても死んでいるし、医師の機転や処置のとりかた、手術に間違いがなくて死んでいるのです。

こういう当たり前の事実、しかし身近な身内の死というつらい事実を受け入れるのはつらいことです。
そこで誰かに責任を負わせてその悲しみを紛らわせようとしたいという気持ちは分かる。
「子供と妻のために、責任を追及し、責任をとってもらいます。」と言いたくもなるだろう。
そして、うまくすれば何千万かの賠償金までせしめられるとなれば、そこに弁護士がついて後押しもするだろう。

しかし、それは人として間違っている。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。私は門外漢なので、加藤氏のミスがどういう性質のものなのかは存じません。しかし、「結果が悪かった→ミスだ→おまえのせいだ」では、医療に限らず大抵の仕事は成り立たなくなってしまいます。警察やマスコミはミスをしたことがないのでしょうか?官僚は将来の見積もりを間違えたことがないとでも?いいえ、間違うときは間違えますよね。でも彼らがそのミスで刑事裁判に引きずり込まれることはなかなかないのです。それはそれでいいのですが、それなら、医師のミスが犯罪扱いされる理由がわからなくなります。
3番目の落書き
2008/02/11 12:40
コメントありがとうございます。

裁判官は上級審で自分の判決が覆っても非難さえされない。それで刑事被告人にもなることは絶対ないし、民事訴訟を提起されて何千万円かの賠償金をふんだくられることもない。検察官は、裁判が自分が起訴した被告に無罪が下されても、それで刑事被告人にされることはないし、民事で訴えられて賠償金を取られることもない。
それは、そういう性格の業務だからでしょうし、私もそれは当然だと思います。そうでないと、司法というシステムがうまくまわらない。
一方、医療はどうか。
うまく患者を助けられなかったら、後から、こうすれば良かった、ああすれば障害が起こらなかったと言われて刑事被告人や民事訴訟を提起されたらどうします?
さらに、マスコミにはバッシングされ、被害者を自称する者から罵られ土下座まで要求され、そして長い裁判を受けさせられとなれば、たとえ裁判で勝訴しても防衛医療に走るのは当然と思いませんか?
院長
2008/02/11 17:53
大野病院の産科担当医には「ミス」はありません。
何万例に一例というような極めて希で、かつ極めて重篤な癒着胎盤という病気であったにも関わらず、きちんと対処したのです。それは裁判で明らかになりました。
しかし、母体は助けられなかった。
医者がいくらがんばろうが、死ぬ病気はたくさんあります。障害が残る病気はたくさんあります。
そして、人は、100%、いつかは死ぬ。

ただし、後から見たら、ああすれば良かったかもしれない、こうすれば障害を回避できたかもしれないという反省点は、いくらでも出てきます。
その積み重ねが医学を、医療を進歩させてきたのです。
そういう反省点を、皆が公開し、討論し、論文として発表することで、今の現代医学がある。

今、勤務医たちはサボタージュをやっています。逃散という立ち去り型サボタージュや、立ち去っていない者達も防衛医療というサボタージュを。研究者は、副作用報告や、うまく行かなかった症例報告をしなくなっている。それらこそ、医学を進歩させる原動力なのにです。これは、防衛医療が、臨床ばかりじゃなく研究面にまで現れた例だと思います。
院長
2008/02/11 17:55

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