ある町医者の診療日記

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zoom RSS 今年は昭和20年、敗戦の年

<<   作成日時 : 2008/01/08 19:07   >>

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日テレに「ACTION」とかいう番組があるらしい。
その番組プロデューサーなのかな、「取材ノート」というのが、あるブログで紹介されていました。内容はマスコミしてはなかなか、やっとここまで追いついてきたかと少しは感心した。ただ、それよりそのコメント欄の方がよほど良く、特にその中で、現今の医療崩壊について非常に面白い視点からみた書き込みがありましたので紹介します。

good job というハンドルネームのコメント(2008年01月07日 11:54)。
全文引用しておきます。
-----(ここから引用)-----
good job さん

消化器外科医15年目です。基幹病院の指導医でしたが、先日退職しました。
総体的な番組のスタンスについては、好意的に拝見いたしました。

気がついたことを二、三。
昨今「医療崩壊」が叫ばれておりますが、本質的な問題は物理的に「医者が足りない」ということより、実際に存在している医師の意欲がここ10年で大いに削がれてしまったことです。
理由は私以前のコメントにいくらでもあるようですので詳細は割愛しますが、使命感だけで自分の命を削って(実際に過労死された先生や、自殺に追い込まれた先生もおられます)××時間連続労働をしても、無限大の権利意識をもってクレームをつける患者・家族が本当に増えました。

精神的に疲弊した所にマスコミの報道は、張り詰めた心を折るのには十分なものでした。報道の論調が変化したのは昨年後半以降で、それ以前は「医療ミス」「たらい回し」報道に終始し、ドキュメント番組といえば、「救急密着取材」と称していても結論は「過酷な労働でも、医師ならばそれが使命なのである」であったり一部の「神の手」礼賛番組で、医療の危機を報じる番組は皆無でした。
医師の殆どは、4、5年前から医療は本当に危機に瀕していると思っておりましたが、そういった声は、厚労省の巧みな世論操作や、マスコミの医療ミス報道(これも事例を詳しく検証すると実際に「過失」だったものは少ない)などにあえなくかき消されてきました。
ようやく厚労省や各都道府県が医師不足対策(厚労省は現在も医師不足を認めていないが「臨時措置」として地方医学部の定員増を認めた)を打ち出しているようですが、大半の医師はもはや手遅れと考えています。@医師の心(意欲)の問題であることと、A実際に基幹病院を辞めているのが30後半〜40代の医師(所謂指導医クラス)なので、技術伝承の途絶を生じる、B患者の意識(コンビニ受診とか、医療の不確実性を理解できないなど)は今日明日に変わらないことを大半の医師は知っている、C医療費削減政策は変わらないと大半の医師は考えている、ことなどからです。
今、医師の間で、新医師臨床研修制度がはじまった平成16年を開戦に例え太平洋戦争になぞらえて今年(平成20年)を昭和におきかえる人が増えました。状況悪化に関わらず「医師は偏在なのであり足りている」と「大本営発表」を繰り返し、それに従って実現不可能な作戦(政策)を策定する国(厚労省)、過酷な勤務実態を無視して「医師は斯くあるべき、赤ひげたれ」と励戦する高級参謀さながらのマスコミ。
平成19年はインパール作戦、マリアナ沖海戦、サイパン・テニアン島玉砕、レイテ沖海戦・特攻(以上昭和19年)クラスの打撃が医療状況に実在しました。昭和20年に何があったか考えてみるといいと思います。


2008年01月07日 11:54
-----(引用、終わり)-----

コメント全て、私には納得できるものですが、特に最後の私が強調した部分。
平成16年の新臨床研修制度が始まる前から、いやずっとというべきか、日本の医療はキチキチの状態だった。現場の医療人(医師だけではなくパラメディカルスタッフの含めた医療現場の人間という意味)の血のにじむ努力で、世界最高とまでは言わないが最良に近い医療が保たれてきた。しかし、それは無理に張りすぎた糸に近い状態で、あちらこちらに切れかけになった部分があったのです。医師が少ないところに、医療費が極端に低く抑えられているにも関わらずフリーアクセスが保証されているわけですから、それを支えるには医師達の過剰な労働を必要とするのは当然です。医師達の過剰労働でなんとか支えていたのが日本医療だったわけです。
なぜ医師達がそれほど過剰労働を受け入れていたのか?
いろいろな理由がある。
使命感というのもその一つでしょうが、医局制度という徒弟制度があることによるものもあったのです。
医者というのは、医者の言うことしか聞かないものです。自分の師匠の言うことであれば無理してでもがんばる。研修医の時に教えてくれた先生には、いつまでたっても頭が上がらない。ですから、医局のためならばということで、給料が安かろうがどんなに忙しかろうが、ちょっと行ってくれとなればどんな僻地へでも、仕方ないかと行くのが医者なのです。医局制度は、医師不足の状態を顕在化させない強力な制度だったのですが、それを新臨床研修制度がぶちこわしてしまった。
今にも爆発しそうになっている壺の蓋、それが医局制度だった。それもかなりな重石だった。
それを取っ払ってしまえば、中なら有象無象の矛盾が吹き出てくるのは当然でした。
厚労省は、何で蓋をするつもりなんでしょうか?
今のところは、壺の口をさらに広げているばかりです。

その内、日本の医療という壺が、粉々になってしまうかもしれません。
昭和20年の広島、長崎の原爆投下にあたるものはいったいどういう事態なのか、空恐ろしくなります。
そして、粉々になった日本医療の再建は可能なのでしょうか?
戦後、日本はかろうじて再建に成功しましたが、それには私たちの父親世代の血のにじむ努力が必要でしたし、さらに幸運というものも必要でした。それらがなければ、焼け野原のままの日本というのが今も続いている。そういう歴史も十分にありえた。

日本医療は再生できるでしょうか?
再生できるとしても、いったい何年かかるでしょうか?

たぶん、無数の不幸が生産されることでしょう。

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