ある町医者の診療日記

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zoom RSS 「脳死状態で一両日中の命だった」という表現

<<   作成日時 : 2006/08/04 12:09   >>

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以前にも書いたことがあるのですが、「脳死」という言葉の不正確な使い方についてです。それも、この場合は、医師がやらかしている。

末期癌や多臓器不全で入院患者7人の延命処置をせずに人工呼吸器を外した。それについて、主治医が「脳死状態で一両日中の命だった」と言ったのだそうです。

延命中止の主治医「脳死状態で一両日中の命だった」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060804i301.htm
> 伊藤元外科部長は「いずれも『脳死状態』で一両日中に亡くなるとみられた。人工呼吸器取り外し後、1時間以内に死亡した」と述べた。延命措置中止への患者本人の意思確認については、3人が不明のまま家族の同意で呼吸器を外したとしている。
> 今回公表した理由を、伊藤元外科部長は「延命中止の問題について、深い論議と考察をしてもらう機会になればと考えた」としている。残りの患者1人については「主治医でなかった」と公表しなかった。

延命処置の中止が適切だったのかどうか、私には判断しようがありません。しかし、これだけは言えます。
「脳死状態で一両日中の命だった」という表現は間違っている。
そもそも脳死状態という用語さえどうかと思う。

脳死とは、死そのものです。
その死について、死状態などと言いますか?
さらに、「一両日中の命だった」という「命」とは、たぶん「心停止」ということなのでしょう。つまり、一両日中に心停止していただろうと言いたいのでしょう。
しかし、それならそういうように言うべきで、こういう不適切な表現をすべきではないのです。

あるいは、この医師は、「いずれも、瞳孔が散大するなどしていたため、伊藤元外科部長本人が回復の見込みはないと判断した。」とのことですので、瞳孔散大していたということを持って「脳死状態」と言いたいのかもしれません。
しかし、「瞳孔散大」は「脳死」の必要条件ですが、十分条件ではないのです。

危篤状態とか、末期状態だということを安易に「脳死状態」と言い過ぎる。
脳死という状態については正確な定義があり、その状態を正確に診断するための診断基準も存在している。この医師は、それを知っているのだろうか。いや、知らないからこそ、こういう不正確な表現をしているに違いない。
そういう医師に、はたして延命処置の中止などという、非常に微妙な倫理上の問題のあることをする資格があるのだろうか、と私は思います。

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